東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)131号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は各引用例に記載された技術的思想の一部のみを抽出し、これと本願考案の構成の一部とを対比するという誤りを犯しており、かつ、その認定内容にも誤りがある旨主張するが、本件審決の認定判断は正当であつて、原告の主張するところは、以下説示するとおり理由がないものというべきである。
前示本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一ないし五(本願考案の実用新案登録出願当初の明細書及び図面並びにその後の手続補正書)を総合すると、本願考案は、大地の横波(S波)の伝達状態を知るために地質調査の必要なところに装備して機械的に大地に振動力を付与して所要の振動を発生させるための地質調査用S波発生装置に係る考案であり、従来、この種の装置は、図示第4図のように打叩体で受叩体を打叩し、これにより大地にS波を発生させていたため、大地に対する衝撃力の伝達が不良であり、また、人間の打叩力はその都度ある程度の相違がある結果、反覆して同一のS波を発生させることができず、また、大きな打叩力、すなわち大きな振幅のS波を得ることができないという欠点があつたところ、本願考案は、右欠点を解決するため、前示考案の要旨のとおり(実用新案登録請求の範囲の記載に同じ。)の構成を採用したものであつて、機械的に打撃体をもつて受撃体を打叩するものであるから、(一)同一条件の場合常に同一のS波ないし均衡的な安定したS波を発生することができるとともに、(二)打撃体の使用個数と螺旋発条の弾力を大きくすることにより大きな打叩力を発生させ、また、必要ならば軽量の打撃体と弱い弾力の螺旋発条を用いることにより小なる打叩力に変換することができる作用効果を奏するものであることが認められる。原告は、本願考案の右認定の効果のほかに捲き揚げるときに打撃体を一個にし、又は軽量状態にして捲き揚げ得る効果を主張するが、右効果は明細書及び図面(前掲甲第二号証の一ないし五)に記載がないだけでなく、その効果自体格別のものとは認めることができない。他方、成立に争いのない甲第四号証の一(昭五一―四四八一号特許公報)によれば、第一引用例(本願考案の実用新案登録出願前日本国内において頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)は、本願考案と同様に機械的打撃によるS波発生装置であり、その特許請求の範囲には「やぐらの上に枢装した長いアームの先端に固定した重錘で、地上に敷設した板の一端を水平方向に機械的に打撃させる機械的S波発生装置において、前記やぐらの基部の重錘打撃位置附近の重錘通路の両側部から重錘通過路内方に直角方向にばね付勢の後退可能な丸いボルト部材を突出せしめると共に、前記重錘の両側面に前記ボルト部材に係合する穴を設けたことを特徴とする機械的S波発生装置。」との記載があり、発明の詳細な説明の項には、S波の発生手段として爆薬による方法及び機械的な打撃による方法があるところ、爆薬による方法ではP波も発生し、S波を読み取れない場合があり、また、軟弱地盤の場合ほとんど良好なS波を記録できず、「このような場合には機械的方法が用いられる。これにはたとえば地面に敷設し充分な重量を加えるかまたはモルタル等で充分に地面に関連させた板の端部をその長手方向に水平方向から人力で掛矢等で打撃する。しかしこの人力による方法では打撃エネルギーが小さく到達距離が短い上に毎回一定の力を与えることは不能である。このため重錘によつて打撃を加える装置が開発されているが、このような装置では長いアームの先端に取付けた重錘は板端部の最初の打撃後振動的に振り戻つて再度、再々度の打撃を与える。この二回目からの打撃は初回のものに比較して弱いかいずれにしても受震点における初回の打撃によるS波の記録に混じて現われ、その判定にまどわされることとなる。本発明は従来のこの種装置の上述の欠点を解決せんとすることを目的とするもので、初回の打撃後の重錘の振り戻りを確実に拘止し、ワンシヨツトの打撃のみを与えるようにした機械的S波発生装置を提供するものである。」(第一頁第二欄第三行ないし第二二行)との記載のあることが認められ、これらの記載に徴すると、第一引用例記載の発明は、重錘で水平方向に機械的に打撃する機械的S波発生装置において、重錘の振り戻しを抑えて二回目以降の打撃をなくし、初回の打撃のみによりS波を発生させようとする点に特徴があることが理解されるが、第一引用例には、機械的打撃による地質調査用S波発生装置の構造として、やぐらの上に枢装した長いアームの先端に固定した重錘で、地上に敷設し、十分に地面に関連させた板の一端を水平方向に打撃するという技術的思想が開示されていることも明らかである。この点、前示本件審決理由の要点によると、本件審決が、第一引用例記載の技術的思想を摘示するに当たつて、回転自在のアームの先端の重錘による打撃の方向が「水平方向」であることを明確には指摘していないが、このことは、第一引用例と本願考案との前認定の構成から自明なところであるから、本件審決の認定判断においてあえて指摘を省略して明記しなかつたものとみるのが相当である。この点に関し原告は、本件審決が第一引用例記載の装置は水平方向に打撃するものとみたものと理解したうえで、重錘が水平方向に打撃するとした第一引用例記載の技術は実施不能なことであるから、第一引用例に、アームの先端の重錘の振り下ろしにより水平方向に打撃する構成が記載されているとみた本件審決の認定は誤りである旨主張する。しかしながら、第一引用例記載の装置においては、アームの先端に固定された重錘が円弧を描いて落下するときにその位置エネルギーを常に接線方向のエネルギーに変えながら落下していることは運動力学上自明なところであり、更に、この種の機械的な打撃によるS波発生装置において地表に敷設する板は、前認定のとおり「充分な重量を加えるかまたはモルタル等で充分に地面に関連させ」るものであることは技術上当然のことであり、かつ、板を水平に配置することも不可能なこととは到底考えられないから、第一引用例記載の装置においては、重錘が水平方向に打撃する技術が実施不能であるとは到底認めることができない。したがつて、この点をとらえて、板が上方に浮き上がることを抑制するための設備がないことなどから実施不能であるとする原告の主張は理由がない。更に、原告は、実用新案法第三条第二項の規定にいう考案としてその進歩性判断の基礎になり得る技術的思想は、第一引用例に記載された一体として理解されるところの技術的思想でなければならないから、その一部を抽出したうえでした本件審決の認定判断は誤りである旨主張するが、第一引用例が特許公報であるからといつて第一引用例に記載された技術的思想が原告主張のようにその特許請求の範囲に記載された発明に限定されるべき理由はなく、一定の目的を達成するための自然法則を利用した具体的手段に関する技術的思想として把握し得るかぎり、第一引用例に開示された技術的事項のうちから特許請求の範囲に記載された技術的思想と別個の技術的思想を認定し、これに基づいて実用新案登録出願に係る考案の構成との対比判断をすることには何ら誤りはなく、本件審決も、地質調査用S波発生装置の構成として、地上に敷設し、十分に地面に関連させた板の一端を回転自在のアームの先端の重錘の振り下ろしにより水平方向に打撃させるようにするという目的とそれを実現するための具体的手段を備えた一つの技術的思想を考案として把握し認定したものであるから、技術的思想の一部を抽出したにすぎないとの原告の非難は当たらず、この原告の見解は採用の限りでない。更に、成立に争いのない甲第四号証の二(昭三一―五九二九号特許公報)によれば、第二引用例(本願考案の実用新案登録出願前日本国内において頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)は、名称を衝撃発生装置とする発明の特許公報であるところ、その特許請求の範囲には、「本文に詳記し図面に例示するように水平又は垂直なる滑動杆と、之に沿うて滑動する槌に質量粘性大なる半固体を充填した制振器を負荷させ、滑動杆の末端即ち被衝撃位置に導電性接触板を設け前記の槌と接触板に正及負の荷電端子を設けたことを特徴とする衝撃発生装置。」との記載があり、また、旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第三八条第五項の規定に基づく実施態様の記載である「附記」には、「滑動杆の一端に射出用発条を設け壁体側面より衝撃操作をなす場合、該発条を圧縮して之により弾発させるようにした特許請求の範囲記載の衝撃発生装置。」との記載、更に、発明の詳細な説明の項には、実施例の図面の説明として、「1はコンクリート舗道の切断面、2は重錘4の滑降棒、3は支持用三脚の支持点、4は重錘」(第一頁左欄第三〇行ないし第三二行)なる記載があるほか、その構成に関し、「11は本装置を横にして垂直の鉱壁等に衝撃をあたえる場合に使用するための螺旋発条」(第一頁右欄第二行ないし第三行)、「制振器5内の粘性半固体6の内部摩擦による熱損失と慣性による加圧のための変化により、重錘7がコンクリート1に落下圧縮された瞬間6が遅動的に位相を違えて加圧し重錘4の撥返りを防ぎ且つコンクリート1の固有振動を抑止するに役立つ。」(第一頁右欄第一六行ないし第二一行)及び「導電端子8、8′の間には予め電圧をかけておき重錘が固体面1の上に置かれた接触板9を打つ瞬間即ち衝撃波発生と殆んど同時に適当なる測定装置を起動させるように供する。」(第一頁右欄第三〇行ないし第三五行)との記載、更に作用効果に関し、「本装置を横向けに使用することにより壁体側面よりの衝撃操作をもなし得るものでこの場合には重錘4を以て発条11を圧縮して後之により弾発させ該発条11の撓み量に依り衝撃量を調節し得る。斯のように本発明は極めて簡単な構成を以て其操作容易に正確な衝撃発生をなし得る優秀な作用効果がある。」(第一頁右欄第三三行ないし第二頁左欄第五行)との記載のあることが認められる。第二引用例のこれらの記載及び前掲甲第四号証の二中の図面に照らすと、第二引用例は、打撃により受撃体に生ずる固有振動を抑止するため打撃体に質量粘性大なる半固体を充填した制振器を負荷させる点及び導電端子の間に予め電圧をかけておいて衝撃の瞬間を電気的に検知しようとするところに特徴のある衝撃発生装置で、右記載のとおりの作用効果を奏するものであることが認められるほかに、第二引用例にあつては、打撃体として重錘と槌とが同一部材を示す同義語として示されていること、及び打撃体が接触板を打撃したときに衝撃による衝撃波を発生させるものであることは明らかというべきであるから、本件審決が、第二引用例に「水平な滑動杆に沿つて滑動する槌をもつて射出用発条を圧縮した後、これにより弾発させるようにして、垂直の鉱壁等に衝撃を与える地質調査用衝撃波発生装置」という技術的思想が記載されていると認定し、これに基づいて本願考案の構成との対比判断をしたことには何ら誤りはない。そして、第二引用例に右のとおりの技術的思想が開示され、本件審決がこれを引用して対比判断したものである以上、技術的思想の一部を抽出したにすぎないとする原告の主張は失当といわざるを得ない。また、原告は本願考案の効果が優れていることを主張するが、前認定の本願考案の効果(一)及び(二)は、第一引用例及び第二引用例記載の考案ないし技術的思想の包含する前示の技術的目的及びその効果に照らし、予測の範囲を出ないものであるか、又は格別のものでないと認められるから、原告の右主張も採用する限りでない。
そうすると、本件審決の第一引用例及び第二引用例の認定及び技術的思想の把握の仕方に誤りはなく、前認定した事実に基づき、本願考案の構成と第一引用例及び第二引用例記載の考案ないし技術的思想を対比考量すると、本願考案は、第一引用例及び第二引用例記載の考案に基づいて極めて容易に考案することができるものと認めるを相当とし、したがつて、本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。
大地に固定性を有する箱体上の一端部に受撃体を固着し、これを衝撃する打撃体を箱体上に移動自在に配置してこれに螺旋発条の一端部を取付け、同他端部を延長して箱体その他適宜の個所に連結し、打撃体に引戻用牽引綱を取付け、これを捲揚げ機に巻装した地質調査用S波発生装置。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
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(以下省略)